2026.2.22 ぽんちゃん ありがとう。
毎度、毎度で、なんなんですが、
書くことで、気持ちを整理できるので。
今、泣き過ぎて、頭の形が変形しそうな位です。
身を切るようなこの悲しみの沼から、這い出る為に
どうか、皆様、お付き合いください。
ぽんちゃんは、。。ああ。可愛いぽんちゃん。居なくなったなんて。。耐えれない。
ぽんちゃんは、野良猫でした。
2010年に、出会って、会社の事務所で飼ってました。
事情があって2014年に今の所に越して来た時にも、
一緒に連れてきました。
今の事務所を選んだのも、猫を飼って良い物件と環境だったからです。
その当時は、なかなか条件が合わず、引っ越す羽目になってから
4か月近く探して、やっと見つけた物件でした。
あれから、もう12年も経つんですね。
いつも、BBAと椅子の背もたれの間に入り込んでは、
頭を撫でろ、腹を撫でろ。と、おしゃべり好きの主張の多い猫でした。
元は、野良なので、
お外が好きで、交通量が少ない近所や、庭をいつも探索してました。
若い頃は、外に出るとなかなか帰ってこなくて、
事務所に鍵を掛けて外出したい時は、
大声で「ぽんちゃーん」て、呼んでみると、
向うの方から、全速力で駆けてきて、ノーブレーキで、
事務所に飛び込こむように、帰ってきました。
呼んだら、帰ってくる頭の良い猫でした。
車やバイクも危険だと知ってるようで、音がすると、身を縮めて座り込んでいました。
雷が大嫌いで、鳴り出すと、よく押し入れに避難してました。
野良猫がたくさんいる地域だったので、
うちの庭を横切る通りすがりの野良猫には、とても厳しい態度で接してました。
縄張り意識は非常に高かったです。
自分より3倍くらい大きいオス猫にも、おしっこ漏らしながらでも
向かっていってました。
BBAと違って、とても勇敢な子でした。
それが、2022年頃からでしたか。
毎年気温が下がる時期に調子が悪くなっていきました。
最初は、急に心臓が止まりました。
必死に心臓マッサージをして難を逃れました。
その次の年は、
肛門腺が破裂しました。同じく寒い時期でした。
2024年、家で飼っていた2009年生まれの雄猫を
重病の末、亡くしてしまって、
2010年から一緒のこの子も心配で、病院で診てもらいました。
腎臓の数値が悪い。と言われましたが、
直ちに処置する程でもない。新鮮な水をたくさんあげてください。
との事でした。
ところが、明けて2025年の春の陽気の頃、目が見えなくなってしまいました。
白内障でした。
BBAは、獣医に言いました。
「せめて片目でも見えるようにしてやってほしい。」と。
でも、獣医は、老猫だから、身体に負担のかかることは
しない方が良い。と、気遣いながらも、静かに首を横に振りました。
目が見えなくても、ぽんちゃんは、髭と鼻と耳で、前向きに生きました。
でも、次は、耳が遠くなってしまいました。
耳の傍で、高い声で呼ぶと返事をしてくれましたが、
車の音も、雷の音も、音の世界が塞がれました。
大好きだった外の見回りも行けなくなりました。
夏が過ぎ、去年の健診から1年が過ぎようとしたころ、
誤嚥で、呼吸ができなくなりました。
背中を叩いたり、逆さにしたり、鼻を吸ったり、色んな事をして
漸く、詰まったものを出してくれました。
直後は、手足に力が入らず、意識も朦朧としてましたが、
しばらくすると落ち着いたので、まだ詰まったものが残ってないか
病院でレントゲン検査をしてもらいました。
その時、一緒に血液検査も行ったのですが、
腎臓の数値は、思ったほど上がってない。
と、言われて、ホッとしたのを覚えています。
でも、飲み込む力も弱くなってました。
そして、その暮れに脳梗塞を発症しました。
発症当時は、何がなんだかわからず、ただただ看病するばかりでした。
飲まず食わずで、徘徊と昏睡を繰り返す奇行が、
発症から1週間ほどで、何事もなかったように治ったのです。
奇行が、脳梗塞からくる神経障害だった。と知るのは、後の事でした。
それから約2か月。
ガリガリにやせてしまったぽんちゃんを、少しづつ栄養をつけて
体重もちょっとづつ元に戻しつつあり、
そういう意味では、希望をもって過ごしていました。
その間にも、再度誤嚥による呼吸困難を引き起こしましたが、
2回目なので、割に楽に治せました。
でも、やはり衰えは止められなかった。
そして、昨日、今度は脳内出血を起こしました。
前の日ご飯をモリモリ食べてました。なのに。。
当日、呼吸が口呼吸に変わり、おかしい。と気づきました。
何度も名前を呼んで、意識を途切れさせないようにしましたが、
片目だけを閉じ、舌が出てました。
右半身が麻痺し、失禁。
水を飲ませたりで漸く落ち着いたところで、
病院に行こうか悩みました。いや。行こう。
行っても行かなくても後悔する。ってやつです。
脳圧を下げる注射をしてもらい、点滴を2日分投与してもらいました。
病院から戻って、そのまま午前3時まで、一緒に居ました。
その直前には、自分からご飯を食べたがりました。
あ、元気でてきた。と、内心喜びました。
BBAは、自分で食べれるように不自由な右側を支えてやりました。
食べ終わり、満足して、ベッドに戻って、横になりました。
寝やすい楽な姿勢になるように手伝いました。
そして、それを見て、一度、BBAは、外出しました。
何度も何度もBBAが居る前で、発作を起こし、
その度に九死に一生を得ました。
何度も何度もその度に地力で、戻って来てくれました。
でも、今日は違ったのです。
BBAが外出から戻るのを、待ってくれませんでした。
一番苦しい時にBBAは居ませんでした。
なんて、馬鹿野郎なんだ。BBAは!
ぽんちゃん、ごめんさい。一人で逝かせてしまって。
こんなに長い時間を共に過ごし、支えてくれたぽんちゃんに
取り返しのつかない事をしてしまった。
たった一人で苦しい最期を迎えさせてしまった。
何をどう謝っても、今となっては、届かない。
茫然としました。
亡骸は、まだ温かかった。身体も柔らかかった。
ほんのちょっと前までならまだ息があったと思うと
BBAを待ちながら息絶えたと思うと。。
泣けて泣けてしようがない。
間に合わなかった!!!BBA!!!
でも、ふと思いました。
暮れの脳梗塞を発症した時に、
神の力か、不思議とぽんちゃんは、治りました。
いつものぽんちゃんに戻ったのです。
本当なら、あのまま逝ってしまってもおかしくなかったし、
病状も回復しなかったかもしれない。
なのに、奇跡的に普段のぽんちゃんに戻ってくれました。
そこで、BBAは、こう思いました。
ぽんちゃんは、知ってたんじゃないか?
急にいなくなるとBBAが悲しむから、
気持ちの準備をするようにと、2か月の猶予をくれたのでは?
BBAが心配するから、お水もご飯もいっぱい食べてくれてたんじゃあ?
都合の良い解釈かも。。
でも、ぽんちゃんは、それはそれは頭の良い子だったんです。
耳も聞こえず、目も見えず、
最後は、鼻も利き辛かった。
髭もあまり用を足してなかった。
筋肉も落ち、後ろ脚に力が入らず、ふらふらしながらでも
地力でご飯も食べに行ったし、トイレもできた。
どんなに削がれても、生きる為の力は失わなかった。
小さな身体で、色んな事を教えてくれた
今は、そんなぽんちゃんがとても愛おしい。
動物病院で、若くて綺麗で元気な他の子を見ても、
全く引けを取らない。
立派な生き様を見せてくれる、このやせ細った盲目の老猫が、
BBAには、とても誇らしかった。
いつかは別れが来る。とは、わかっていたけど、
その小さい身体に限界がくるまで頑張ってくれたぽんちゃん。
ありがとう。ありがとう。十分過ぎるほど頑張ってくれた。
ぽんちゃんに出会えたことは、人生の宝物。
そして、辛かったやろう身体から解き放たれて
今は、楽にしてる事を切に切に願っています。
綺麗に洗って、櫛をとおして、横たわる姿を見てると
プスー。。プスー。。
まるで、あんたの寝息が聞こえてきそうじゃないか。
おしゃべりさんが居ないと、これから寂しい先しか見えない。
思い出が宝物。歳を取るってこういう事か。。。
最後の夜も一緒に居よう。な。ぽんちゃん。
マグロよりカツオ派ぽんちゃん
2026/2/22 急逝




